考えるな、感じろ、身体が教えてくれるから。

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この国の朝日。
夕日も好きだけれど、今から1日がはじまる清々しさは何物にも代え難いなと思います。

私は研究者のなりそこないなので、あれやこれやといろいろな流れを見て事象を分析して考察するのが好きです。そこからひとつの自分にとっての「法則」みたいなものを見つけるのが楽しいのだろうと思います。

残念なことに、この国の分析は正しいのだけれど自分のポジションとこの国の行く末の関係については大はずれでした。「この国のために何か」という思いが客観性を失わせていたのだろうと今ならわかります。そして「この国にとって、私の思うあるべき姿」がこれまた全く違っていた。私がこの国で聞き、思っていたほど、高潔ではなかったということになります。笑

何十年もかけていた分析はそう間違っていないのに、自分にまつわる部分だけがドラスティックに違うというこの客観性の欠如はよく注意しなくてはならないポイントだろうと思います。

「恩返ししなくては」というのは「この国が好きでたまらない」という溢れる何かとは違うものです。もっと脳みそよりです。心からの叫びではないのです。

私は大学で教えていたりしている頃から、「この国が好き」とおっしゃる人たちとの距離感を感じていました。「仕事できている人、その家族」な人とも相通じるものが多かったとは言えません。

好きで好きで、楽しくてたまらない、と言えることがあったろうか、と思います。
正直、なかった様に思います。はじめてバンコクの郊外にあるお家にお世話になったときから、「好きにならなくては」と思っていたと思います。

この国に来たということが、自分の定めの様に思い込んでいたところもなくはなかった気もします。
だからいつだって、この国を見るときには冷静だったのがよいのだろうと思います。仕事柄いろいろなものが見れたことも。この国の工芸品に力を入れたのも、これなら世界に出せるかもしれないと思ったことがきっかけでした。それから気に入る作品を見つけるまでにまた数年の時間を要しましたが。

こういう風に描写していると、自分がいかに自分の「クライテリア」を無視して、無理を押し通していたのだろうと今では滑稽にすら感じます。

とにかく、私はずっと取り付かれる様に「アタマ」で決めてかかって執着していたのだろうなというのが今だとよくわかります。この国から戻ってから、日本に上手く馴染めずにいた私にとって「手持ちの札」を増やすということをせずに、その札に固執していたことも。

あともうひとつ、「仲間」のところに帰りたかったのかもしれません。そんな仲間なんて幻想だと知ったときにはもう後戻りなんて出来なくて、新しい仲間がここなら出来るかも。そういう気持ちであれこれとやっていた気がします。

「それだ」とか「違う」ということを判断するとき、いつもアタマでばかり答えを見つけていました。その答えはいつも正誤に関わらず、答え合わせをするまで「確信」よりも「不安」を引き起こすことが多いのです。だから無理をしたり、極度に引いてしまったりします。そういうことをいつもやってきました。

最近、子供の頃のある思い出を幾度となく思い出します。
小学生にあがるときにランドセルをかいますね。女の子は赤いランドセル。でも私はピンクでした。両親や祖父母が「これがいいならこれにしなさい」と迫る訳です。私は赤いのが欲しくて仕方なかったのに、ピンクを買わないとがっかりさせるのではないかと思ってピンクにしたのを覚えています。みんなと同じではない、ピンクのランドセルが本当に大嫌いでした。笑

小学生のときに、急に中学受験をするという話が持ち上がって塾にも行かせてもらいました。願書を出す直前に、成績がおそらく足りなかったからだと思いますが、「本当に受けるのか」ということを言われて、両親は受けてほしくないのではないかと思って、結局受験をしませんでした。このときは何を選択したら両親に迷惑がかからないだろうとおもいました。結局受けないことも、試験に受からないことも、どちらもあまり褒められたことでないならば、と受験をやめてしまいました。

幼い頃から、不安を感じない日々などなかったのは、そうやって来たからなのだろうとも今ならわかります。普通は両親の言う通りにして安心するのでしょうが、それでも安心できないどころかむしろ不安だったなんて。一筋縄ではいかないものです。

最近、何かを決定するときに腰の後ろあたり、おそらく丹田の裏あたりなのでしょうか「そうだ」とか「違う」というメッセージがはいってきます。「有無を言わせない」という表現がぴったりな強さで、お腹の底に響いてくるのです。大切な人になるであろう方と初めてあったときには、肩甲骨の真ん中あたり(ハートのチャクラ)が痛いほどバタバタとはためきます。

そのメッセージに抗わないことが不安を感じないでいいこと。幼い頃の私はもしかすると、それを知っていたのかもしれない。でも無視し続けていたから、ずっと不安だったのかもしれません。

先日、私は宇宙であるという気付きについての考察をしましたが、まさに自分の身体が宇宙のアンテナとなってあらゆることを知らせてくれる様になるとその正誤、真偽を迷うことがなくなっていきます。
自分の身体に正直に生きる、というのはすなわち宇宙の摂理に正しく生きるということなのだろうと改めて得心するのです。そういう気付きを経て、毎日を過ごすと私を40年以上縛り付けていた不安や恐れが日々少しずつであってもさらさらとほどけて風に舞っていくのを感じます。私の心身が少しずつ自由になっている証の様に。

自分を殻の中に押し込め、さらにぐるぐると縛っていきていた人生から、どんどんと解放されていく、それは決して一朝一夕の短い月日で完成するものではありませんが、次への準備が確実に整いつつあるのを感じます。

身体と焦り

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いかにエレガントでいるかということをよく考えます。

立ち振る舞い、行動、人に対する接し方。

いかに自分のあるべき物に近いのかということであるし、似た存在とであうために必要なことでもあります。

行動のすべての発露は魂と意識(無意識の領域も含めて)身体と思うので、結局いつも考えているテーマに戻ってくるのかもしれません。

このごろ考えているテーマがすべてリンクしていることもあって、何かしらの結論になかなか達することがありません。勉強不足と時間がまだまだ足りないのだろうとおもいます。そういう時間も楽しみつつ。

先週はひどい膀胱炎に悩まされて、深夜は眠れないでトイレを往復していました。お薬を飲まないで治そうと思っていたのが結果的に症状を悪化させたようで、完治を長引かせているようです。アーユルヴェーダによると、膀胱炎というのは孤独や焦燥感の発露として出るのだといいます。

私はどうも自分に疎いので、身体が悲鳴を上げないと気がつかないことがあります。今回もそうだったようです。

出ないものを出したいという気持ちは焦り、そのものです。その時期に到っていないものを早く来てほしいと思うこともまた同じです。私が夜中にずっとトイレに駆け込んでいたのも、毎日の中で自分が知らず知らずに自分の心身に課していたことが心のレベルを超えて身体に現れたのだろうと改めて認識することになりました。

今も書いて残したいことがいくつもありますが、まだその時期ではありません。これもまた思考が「膀胱炎」と同じ症状を訴えているのだろうと思います。

正直、何もない状態のものを出したいと思い、出そうとすることは血がにじむほど苦しいし、余計な力がかかって熱を出します。それが焦り、そのものの正体なのだろうと思います。

でもその苦しさは結果何も出すことが出来ない、純然たる「内的な痛み」以上の何ものでもないのです。
たとえ無理に出せたとしても、それは全くいつもの状態とはかけ離れたものでしかなく、そうなると内だけでなく、外にまでその痛みがおよびます。

正直、この病気がこんなに苦しいものだと知らなかったのですが、おかげでいい内省を得られたなと思います。
薬を飲むべきときには飲まないとということも改めて。苦笑
これもまた、心身のエレガントさを追求するための糧としようと思います。

カミサマノイウトオリ、バージョン2.0

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カミサマノイウトオリ(カミサマノナサルヨウニ)、というのは私の行動指針のひとつ。

カミサマノイウトオリ

カミサマノイウトオリにズルはなし

昨日夜、久しぶりにゆっくりパートナーとはなしをしてリラックスしたところで、その日に読んでいたいくつかの記事に同じセンテンスがあることにはたと気がついた。

「私とは「私」=「我、エゴ」意味するのではなく、その後ろにある宇宙そのもの。」

同日に日本語だけではない、4つの媒体から同じ意味の文章を受け取ったのは「このことを考えて受け止めなさい」ということに違いない。

滅私で生きる、すなわち「菩薩行」という人間的な感覚にとらわれずに生きることを思ってから、ずいぶんと思考も削ぎ落とされ、心が穏やかになっているのを感じた。自分が「菩薩行」を実践して生きているということすら、失念するほど身に馴染んで、それが当たり前になっていった。

当然ながら、私が宇宙そのもの、というのは別に自分が神や宇宙、菩薩の存在であるということを意味しているのではない。

では何なのか。
その答えの糸口が私の好きな「六根清浄大祓」の中にある。
六根とは自分の身、体を指し、それを清浄にするための祝詞である。

何を見聞きし、触れようとも心がそれによって穢れることがないという内容に続き、六根清浄だということは、五臓がやすらかであり、それであるが故に天地の神と同根であり、万物の霊と同根であるという箇所がある。

滅私でとらわれることなく、心身清浄に、世の中の愛と平和に生きるということはすなわち、結果それこそが「私」であるという大乗的な世界観でもあるのかもしれない。

私が目にしたそれぞれの文献の文脈ともそれほど大きく外れていないとも感じられる。

私は20年以上この国で小乗、自分が修行して自らを高めることにより、そのたどり着いた領域から世の中を変えられるのであれば、それが最善だと信じて学んで来た。自らがまだ修行の途中で人をすくうことは不遜だという思いがいつも心を占めていた。だから自分を高めなくては。自分をそんな風に追いつめていた。大乗のイメージは簡単に言うと、「南無妙法蓮華経」といえば、みんな天国に行ける、都合がいいものとしか長くとらえられていなかった。

「カミサマノイウトオリ」に生きる、「カミサマノナサルヨウニ」想い、行動するという自己規範はそこから生まれる深い愛と感謝で私の心を穏やかにしなやかに強いものにしてくれた。それこそが「私」なのだという帰結を今教えられることの有り難さとタイミングにいろいろな感情が去来する。

それこそが「大乗」的な観点での「私」でもあるとも併せて気付けたことはまさに、宇宙とのつながり、大いなる存在達が私の後ろにいて、それこそが「私」への福音である。

感謝にも愛にも必要なことは「受け入れる」と「与えること」だと思っている。

「カミサマノイウトオリ」に「カミサマノナサルヨウニ」と思い始めてから今日まで、間違っていなかった、血となり肉となったからこその、2.0へのバージョンアップ。これからも気負いなく、この道を歩んでいく。

名前を呼ぶという言霊の送り方

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Facebookのタイムラインにでていた記事に絡めた気付きの話を。

まずはこの記事を。〜引用ここから〜
ポーラ化成工業は9月30日、普段、「ママ」「△△ちゃんのお母さん」などファーストネーム(名前)で呼ばれていない女性に対して、初対面の人間がファーストネームで呼びかけたところ、愛情ホルモンと呼ばれる「オキシトシン」が増加すること、ならびにストレスホルモンと呼ばれる「コルチゾール」が減少することを見出したと発表した。

同成果の詳細は、2014年12月17日から山口県下関市で開催される「ヒューマンコミュニケーショングループ(HCG)シンポジウム2014」にて発表される予定だという。

女性は名前で呼ばれることで愛情ホルモンの「オキシトシン」の分泌が増えるとのことです。幸せを感じるホルモンが「オキシトシン」とのことです。「オキシトシン」はいろんなカタチで出てくるようです。ふれあったり、スキンシップでも出てきます。いい香りを嗅いだり、体を温めたりしてもでてきます。好きな人から抱きしめられると幸せになるということのようです。そして今回、名前を呼びかけても「オキシトシン」が分泌される発表がでてきました。

こちらから記事の一部お借りしました。
〜引用ここまで〜

私は教えていると名前に先生を付けて呼んでもらいますし、この国ではニックネーム(ねこ)と呼ばれていますが、不思議と私のことを名前だけで呼ぶ人がこの世にほとんどおりませんでした。亡くなった母ぐらいでしょうか。

パートナーがはじめて名前を呼んでくれたときに、なんだか身体の力が抜けるような幸福感を照れくささと一緒に感じたのを今でもリアルに覚えています。ふくれている時に名前を呼んでくれさえすれば機嫌が直るぐらい。笑 

自分を一人の人間として扱ってくれていると感じるとかそういう説明を読んだこともありましたが、今回の記事でかかれている「スキンシップ」や「好きな人に抱きしめられる」ことと同じホルモンが分泌されるという内容が腑に落ちました。

私が持っている「名前を呼ばれる」ことで感じる幸福感はこの調査にあるように「脳」ではなくて「魂」とか「皮膚感覚」での幸福感だからです。ただ、名前を呼ばれるだけなのに、その幸福感は色あせることがありません。

「言霊」として自分の「名前」を考えたとき、自分そのものを音にしたものが「名前」と考えられます。たくさんの思い入れを経て自らに馴染んで来た自分という存在そのもの=「名前」が大切な人の声という「音」で自分の「魂」に運ばれてくるのです。

まさしくそれは「好きな人の声で魂を包まれる」ような心持ちになることは想像に難くなく、相手が自分を思って名前を呼んでくれればくれる程、「名前」=「言霊」のパワーが愛に満ちたものなのだということが改めてわかりました。

ニックネームであれ、ペンネームであれ、多少なりとも自らを映す鏡ではあります。少なくとも私は自分の名前の好悪を超えて、自分がこの名前で生きていくのがよい、愛すべき名前であり、何より人生にふさわしい名前なのだと思えるようになりました。それまでは名前に執着がなく、むしろ名前は適当に変えてしまえばいい、と思っていた私の大きな変化でした。
そのきっかけのひとつはやはり名前を呼ばれて照れくさい程の幸福感を感じたことに端を発するのだと思います。
私は他の何でもない、この名前の波動と魂が一致している、そう気付かされたのです。

言霊と波動、名前の関係はまさしく他人からの愛や好意を自分の中にしみ込ませていく作業に似ています。私が一番苦手なもののひとつですが(笑)名前を呼ばれるということを通して、少しずつ慣れていっているのかもしれません。同時に、大切な人の名前をこれからも愛と尊敬を込めて呼んでいくつもりです。

愛と受容が生む変化という安らぎ

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多くの宗教の言葉には「言葉が最初である」と記されています。

「心」や「魂」あっての「言葉」だろうという方もおいでですが、体感として「言葉が最初」というのは真実な側面もあると思います。

先にエクスキューズをしておきますと、私はソーシャルメディアでよく見られる、「なんにでも、有り難うございます」を言っちゃうのは若干苦手だというのは前に書きました。「書いたり、言ったりすりゃいいってものではない」とは思っています。

実は今私のいるこの国の人は「ありがとう」と「ごめんなさい」が言えない人たちが主体です。「こんにちは」って言葉もできて何十年も経てないのだからしょうがありません。「飯食った?」「どこいくん?」が挨拶なのですから。

神仏やご先祖様に毎朝毎夜、1日のお礼やご挨拶をするうちに、ふと思い立ってボスのご先祖様にも挨拶するようになりました。いろいろ言いたいことがあるボスですが、ご先祖様に挨拶するようになると、電話が鳴るたびに「こんにちは、ボス」「有り難うございました」というようになりました。

言いたいことはいっぱいあるので、何年もそんな丁寧さは半減させて接して来たように思います。要するに、気持ちは当初さほど伴っていませんでしたが、そうやってかれに話しかけると心持ちいろいろなことがスムースにいくようになってきました。彼に対する言いたいことは減りはしませんが、私の感情も思いのほか和らいだような気がします。ボスも私に多少優しくなった気もします。言葉は少なくとも自然と柔らかで丁寧になりました。声を荒げることも。

「ありがとう」も「ごめんなさい」も言わないこの国の人たちにそういうことの大切さを教えながら躾けてきましたが、残念ながら、心の持ちようまで変わるところまで確認できなかったのは残念なところではありますが。

「ただ、そういっておけばいい」「言えば幸せになる、幸運が舞い込む」では変わり様もありません。

「褒める」「感謝する」「愛を伝える」これは伝えられている相手からするとただの「言葉」なのかもしれません。ただ、この3つの持つ波動の強さはそれを相手がそれを受容した瞬間(それは発する自分がその言葉自体を受け入れるということも含めて)、「ただの言葉」から「大きな力を携えた波動」になり、「言霊」となって自分と相手の中に入り込んでくるのではないかと感じます。

言葉の持つ音と意味が対となり、それぞれがお互いのパワーを高めあい、開いた魂の中に注ぎ込まれていく。

これが「愛」を伝えるということなんだろうと思います。

このつながりこそが「愛」だろうし、「変化」を生み出すすべての根源なのだろうと言うことを今ひしひしと体感しています。

そのつながりの清涼感はどんな荒んだ都会にいても一瞬に森林の奥にある滝へと連れ出してくれるような、魂の安堵感をもたらすべきものであって、そのためには多少なりとも時間も自らの修練も必要となりましょう。

「言霊」と「数字」の持つ意味の大きさはその変化を体感しきらないとわからないのかもしれないと思います。(私も数字はこれから修練にはいります)
大切なことはこれらはいずれも目的であってはならなくて、最終的に望まれる結果、なのだろうとも思います。だから一人心静かに、決意を持って誰に説明するでもなく、ひたすらに菩薩的な愛を持って行う結果、たどり着くこともあろう場所なのだろうと。

実感を伴わなければ、変化は感じ取れません。

自分にとって大切な人。そこがスタート。続ければ続ける程、世界は愛に満ち、望む世界が間近に近づいて次元変化に対応する心身が培われるのだろうと思っています。

先日のタイムラインで(男女が)融合した原点にゼロ磁場が生じるという話を読みました。役割の違う二つの存在が差異を超えて融合する所こそ、エネルギーの発露。正しく対(陰陽)がくみ合わさった地点には時間軸も差異も存在しない。ただそのものとして「ある」。

こんなに素晴らしいことはないなぁと思います。
信頼と真実の証といっていいのだろうと言われている気がします。

だからこそ、その一対が発するエネルギーは美しい世界の創造に費やされるのです。

この世界・リアル・近況

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Facebookもブログもご無沙汰なので、身体を気遣っていただくメールなんかも頂戴してありがたい限りです。

今回はそういうこともあって、近況的なことを。

この数ヶ月ぐらいでしょうか、ずいぶんこの世界について自分なりに勉強をして目が開いたなぁというところがあります。今までは裏返っていたままでいたカードがどんどん開いていく。いろんな人の思惑や想いを歴史的に地域的に見通すという作業をあいた時間にせっせとやっておりました。

世の中には奇想天外な話の方が実は現実だったりします。そういうことも含めて、パートナーに教えてもらったり自分で勉強をしたり、Facebookのお友達の方に教えていただいたりしてきました。

勉強したい、知りたい、わかりたい。そういう私に「わかっている」人たちが決まっておっしゃることがありました。
「考えるな、感じるんだ」

暑い国にいるせいか?よる年波か?理解力はあるけれど記憶力は乏しく(苦笑)、詰め込み過ぎでしょうといわれながら、いろいろなことをつまみ食いしながら、自分なりに感じた結論は呆然とするものでした。
そして「考える」ことや「勉強」ではなく、「感じた」ことが私にとっての「真実」なのだろうと。

何がどうということはここで明かすのは適切ではないので控えますが、人生でそう受けることのない大きさの衝撃を受けました。本当に肩の力が抜けるような無力感がここ数週間ありました。私は外的ショックに強いので、自分の中枢までそのショックが届いてようやく「私は今ひどく混乱しているんだ」と気がつきました。

十分回復したとは言えないのですが、少し今の時点で言葉にしておこうと無理矢理キーボードを叩いています。

予測はしていたろうし、頭ではそう考えていたことを魂や心が「真実」としたときの衝撃の深さは思いのほか計り知れないことでした。

それでも世界は回っていくし、人は生まれ、死んでいきます。

今の私がローマ時代に何かを求める理由もおぼろげながらこの結論と関係があることもわかってきました。

私にとってラッキーなことはこんなドラスティックに今まで当たり前だと思っていたことが崩壊するということがはじめてではないということ、そして今回はそれを理解して共有してその先の未来を語り合える相手がいることが何よりの救いです。

何もかもが倒壊した更地のような心は、モノの見方をドラスティックに転換させます。

感覚的に、でもいろいろな情報ソースや今までの思考の蓄積を経て、私がこのブログに留め置きたいと思っていた「わかった」という感覚のスピードがあまりにも速く、また一般的な人の理解を超えていることは十分承知しているので「わかるように」言語化することに内容の取捨選択だとかいろんな要素が加わることになり、書きづらくなったことも事実です。私の考えを理解して、共有してもらうために前提とする概念や情報が今まで以上に深まって来たとも言えます。

スピードが速くなるということは、その先へと深める時間がとれるということになります。加速して今見るべき事柄や感じるべき事柄を全身全霊で受け止めているとも言えます。

今までのようなブログがどれぐらいかけるようになるか。
今はまだ見えていないのが正直なところです。寝かしているテーマや熟成させているストーリーがいくつもあります。

日々のこういった感度高い感性を維持しながら、若干迷いながら走っているのが今の私です。
その中で今ひとつだけお伝えできるのは「リアル」「現実」「体験」がすべてだということです。
手に触れられること、聞こえるもの、味わえるもの。そういうものを大切にしていくことが人生のすべてであるということ。

肉体の感覚と意識をリンクさせていくことこそが、これからの世界で生きていくための守り刀であり、自らを照らす光であり、「生きる」ということそのもの、すなわち、喜び、楽しみ、味わい、愛で、愛し合うということではないかしらということだけはおぼろげながら。

褒める奇跡と自己防衛

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言葉を仕事にしているせいか、やはり言葉が気になる。
これをテーマにしてしっかりと今の気付きをまとめたいけれどもう少し先になるだろう。

昨日のエントリとは若干相反するけれど、『言葉』の持つパワーという大きなテーマの中で私が最も大切にして見つめているもののひとつだから書いておきたくて。

褒めることの素晴らしさについては先日のブログでも既に語ったところだけれど、これに『対』の概念を当てはめるとその『褒める』に対応するものは『ダメだし』なんだろうと思う。

先日、TED の植松さんという方の講演をYouTubeで拝見した。『どうせ無理』という言葉がいかに人生や夢をスポイルするのか、それをしない社会になればもっと人は自由に幸せになる。だからそういう社会を作ろうという話だった。

そんなことは当たり前なのだけれど、なぜかできない。何故なのかというといくつか理由がある。妬みだったりやっかみだったり、怠惰さだったり。だけれど、一言で言うと『無自覚さ』から来るのだと思う。

言葉を発するということ、言葉というエネルギーが相手、環境、自分に与える影響を知らないから、そういうことを言えてしまう。言われた本人よりも自分が返す刀でガッツリ傷ついていることにも気がつかない程、申し訳ないけれど自分の気持ちや魂、体調に気持ちがいってないのだろうと推察する。

身体というのは正直だし、魂もそう。大事な人からそういう『無自覚』にそういう言葉を言われたとき、一瞬で胃に穴が空くし、魂はつぶれてしまう。そういう経験を何度もして来たから言うけれど、そういうときには周りの音など聞こえない。ただつぶれていく音だけが聞こえる。胃に穴が空いて、血がにじむのを感じるのだ。

人間って言うのは残念だけれど、思っている以上に無自覚だし、怠惰な生き物だ。強い志を持っていても弱るし、継続していくことは至難の業だ。だから、自分を磨いて強くして、ただただ『傷つかないような』身体と心を作ることにばかり人生の長い時間を自分を含めてかけていくのだろうと思う。

前回『褒める』という話をした時、誰かを褒められるということは自分の中にその性質が内在している、それを相手の中に見いだすという行為だからこそ、相手だけではなく自らも癒し、安らいでいくという解説を紹介した。

相手の光を見いだす作業と光を消す作業。

私は自分でも人のよいところを見つけて褒める能力が高いと自負していたけれど、自分にそれが内在しているという観点はまるでなかった。これも対の法則で言うとバランスを欠いていたのだろうと思う。褒める言葉、感謝の気持ちを表す言葉は先ほどの『無自覚に相手の光を消すのと全く反対のパワーがある。

褒めたり感謝をした本人である自分が自身に内在しているものに改めて光を当てる。それが言葉となって、場の空気を変え、褒められた相手、感謝をしてもらうような行動を起こした人、その周りにいる人までもその言葉のパワーと波動に包まれる。

10倍返しという言葉を今年は何度も聞いた気があするけれど、そんな感じ。

『ダメ』といわないといわない行をひっそりとしているつもりなのだけれど、これは自分に刃を向けないという行でもある。『ダメ』という対象がなんであれ、その言葉のエネルギーが自身にがんがんと刺さるのを感じるからである。それでも『無自覚』に言い続けると、自分が参ってしまう。

それもそのはず、その『ダメだし』をずっと聞いているのは誰でもない自分自身なのだから。

『ダメだし』をする代わりに、違う対象でいいから『褒める』。(無理してその対象を褒めなくていい)『ダメだし』すべきものと『褒めるべきもの』のどちらにフォーカスしているかいつも注視しておく。意外と『無自覚』に『ダメだし』にフォーカスしているものなのだ。褒めるという行為は自らのヒーリング作用でもある。自分にある美しい部分を相手という鏡を遠して『無自覚』に再認識する行為だからだ。

私はこの言葉のパワーで結果的に大切な人を守りたくて、いつも褒めまくっている。(褒めているのはその人が本当に素晴らしいと心から思っているから)だけれどその実、その行為を通して守られているのは自分なのかもしれないということにはたと気がつくときがある。

魂がぎゅーっとつぶれていく声を聞き、胃から血が流れるのを感じていた程の私がどんどんと自らの中に強さを感じるのはまさに『褒める』ということの奇跡を体感したと言っていいのだろうと思う。強さを自らの中に感じれば、さらにその力で相手を褒めたり守ったり、大切にすることができる。

自分の身近な人を大切にしていたら、いわゆる『奇跡』なんて日常生活の一部になるのかもしれない。

愛は行動。行動のみがすべての結果。
言葉にだすということも立派な行動。
うっとうしいと思われる日があろうとも、自分がそれで癒され、いつか相手にその言葉が伝わる日が来る。
素晴らしく価値のある行動。
どうかあなたもご自身の大切な人に。

語り得るもの。

2014-10-22 17.23.35

あっという間にもう11月に入ってしまった。

先月あたりから、一年かけての変化に加えて新たに関心を持って勉強している領域・思考のスピードや気付きがあいまって言語化するのが追いつかない。

日々のパーツではその気付きの深さではわからないし、その気付きだけ抽出しても普段このようなことを考えていない人にとっては『何のことだろう』ということにしかならない。ある程度誰かに読んでもらうことを想定するには『熟成』という『こなし』がますます必要になって、残しておきたいのに残しておけないという悩ましい状況が続いている。

日々の各論に意味がない訳ではないけれど、包括的に連動して理解をしないと自分を自分足らしめる『軸』というか『芯』にまでたどり着かない。何でもタイムラインやハウツーものや誰かのシェアした情報にコメントを載せているだけでは仕方がない。それだって誰かのコピーアンドペーストなのだから。

タイムラインをみていると、シェアーする人の知識のように、書き込み主の知識のように考えているそれらの知識だって、所詮その多くはどこかからのコピーアンドペーストでその人がいろんな想いや体験をして吐き出したものではない。

まぁ、そういうのが好きな人たちはそれでおててつないで同じ魂なのだろうからそれも由だろう。
そういう仲間に入れなかった自分を『なぜ』と思い続けていたけれど今は入れなかった理由もよく理解していて、これでよかったと思っている。

だから、私のように淡々と考え続けることや違いを持っていくことは大変だけれど、それなりに意味はあるし、多少なりとも私の書くものが読む人の心の中の何かに寄り添えればいいなとおもっている。

だからといって、『あなたの書いていることがわからない』とのたまう思考停止な方にわかるように書くつもりも、言葉を教えているときのように『あなたもすごいね、素晴らしい、愛だね』というつもりもない。だって人生の思考を続けるのは岩山を登るような孤独さがある。
そこに必要なのは小さな明かりやほっと安らぐ温かなコーヒーだったりする。そこにふかふかのベッドは不釣り合いなのだ。

魂の修行をしている同士、お互い頑張りましょうという気持ちでその歩みを進める、気付きをもらうことと、歩みを助けられることとはちがうと思っている。言葉を教えていたときもこういう気持ちが根底にあったから、教えられる側は窮屈に厳しく感じていたのだろうとも思うけれど。言葉の学習にしろ魂を磨くことにしろ、歩みは誰にも助けられないのだ。一歩一歩、自分で決めて進んでいくしかない。

言葉を教え始めて10年程で独自のメソッドを作り上げたけれど、最終的な目標はここだろうと思う。メソッドとはいかなくても、メソッド的な俯瞰した概念を提供できればと思う。私のメソッドは『わかる人にはすごくわかる』方法論でかつ合理的に愛に満ちあふれたものだった。考える習慣を持っている人なら納得できるものになっていたと思う。

私のメソッドでは理解できなくても『その通り』やればできるのですごさがわからない。身に付いているのだけれど、それが『大変さ』を経ないために実感がわかなくて評価されなかった。(マイナー言語だから実践の場が限られていることもデメリットのひとつだった)

だから、今考え続けていることが結果、何かまとめられたとしてもそういう結果だけは招きたくないとも思っている。

わかる人にだけ、しっかりと伝えるべきことを伝えられるように。そのために隗より始めよ、粛々と修練をするに尽きるのだろうと思っています。『行動だけがすべての証』という、私の大切な信条の元に。

自分にとっての本質とはなんなのか。

2014-10-26 11.41.21

ここのところ、いろいろなレベルでのインプットが多いせいかアウトプットがスムースでなく、いつもならタイミングでポンポンと書き出してしまうことですら、なんだか文字にするのに迷いがある。話すことですらすべてが「出しゃばっている」ように感じるので、誰かと何気なく話すこともいつもよりも話したあとの感じが悪い。そういうときは言わなくていいことを言い、相手の顔色ばかりみているのもわかる。

日々の記録も含めると結構な量を書くので2日ほど滞ると結構トレースするのが難しく、ブログも書き連ねてそのままのもの、描き終わってボタンを押すといい感じでかけた部分以降がすっぱりとなくなっていたりするので時期ではないのだろうと思って放置している。読むよりも書く方が無理ができない。

私は本質を問うことを自分の中で大切にしている。無意識だけれどもいつもそれを結果的に問うているのだと思う。だから心が動かない、納得できないものは相手やそれを大切にする人の立場にとってありうべき姿を追求する。多面的な理解。

私は家族の中でスピリチュアルな人間でも宗教的な人間でもないとキッパリと言われていた。理由は簡単。関西人が大好き?なお墓参りがものすごく苦手だったからだ。今もあまり得意ではない。母の納骨の際も母が生前いっていた「一心寺さんに」というのは「そんなの聞いたことがない」と一蹴されたけれども、近場だったので結局そこにしてくれた。

彼女の複雑なバックグラウンドや心を通わせられたとは言いがたかった父方の祖父母を思うと、お墓参りにシンパシーが持てないでいたというところが正直なところなのかもしれない。いきていたという事実がなんだか物事を複雑にしている。私はだからそういった縁とできるだけ遠いところにいたいとどこかで思っていたのだと思う。

この国なんかはよほどの家系や中華系でない限り、亡くなった先祖の墓に彼らをたずねるということはない。墓すらない人も多い。川に散骨したり(母は本当はイルカになりたいといっていたので海の散骨もいいといっていたっけ)、寺院の壁に名前と骨が刻まれたり。シンプルでいいなぁといつも思っていた。日本での住まいが日々のお参りみたいなことが日常しっかり行われる地域だから、やれお彼岸のお菓子がどうだとか、なんだか本質ではないところが苦手だったのかもしれない。

ただ、最近になって無性に連綿とした命の流れみたいなことを思うようになった。一人いきて一人死ぬというこの国で心底体感し続けて来たものに、もっと長い時間軸を感じるようになった。だからといって、疎遠だった人たちに打って変わって心新たに手をあわせられるかというとそうではない。

そんなときに教えてもらったのは、連綿とした男女が互いを愛おしいと思いあう連続をへて自分たちが今存在しているということを思い、感謝していけばいいのではないかということだった。私のように血縁にはほとほと縁の薄い人間が「先祖」という存在に感謝できるとすれば、そういう説明が一番腑に落ちる。「家」は「血」を表すけれど、それを感じないでいる人の連綿とした生き様の方が自分にとってシンパシーがあったり、感謝があったりする。そういう人生を生きて来た私にとっては「それでも」手を合わせて感謝したいと思える何かをそこで見いだすことができたならそれは幸せだと。

どこにいるかわからない私に母の分骨してほしいというのをかたくなに断った父の気持ちはわからないけれど、もっと違うレベルの気持ちで私は毎朝手書きした先祖代々の名前に手を合わせ、水と線香を手向ける。
神仏に祈っていたときとは全く違う感覚が身を覆う。

一人いきて一人死ぬという事実に時間軸が加わることで、決定的な孤独は回避されるけれど、自分はその先をつながないのかという自責の念に駆られないこともない。だけれども、「家」や「血」に固執しないのであれば、また「命」をつなぐということが新しい生命だけを意味しないという選択肢がもしかしたらあるのかもしれない。

自分の今生での責務を考えるたびにそういう選択肢を選ばなかった、選べなかった自分も許して理解してやるべきだろうと思う。ずいぶんよく悩んだし苦しんだし、誠実に対処したもの、と。また別のお役目があるのであろうと思うしかない。

そんな中で、「生きる」ということを考える。そういうことを考えながら「美しく」生きるということは結局、心身を美しく清浄に保つということと近しい気がする。それを自分の子ではなくても伝えていけるものとして学んでいく。本質はなんなのか、ということを。

「買ってはいけない」「使ってはいけない」と声高に叫ぶのを聞き、ヒステリックになるのではなく、自分が連綿といただいて来たこの身体を持って、「清浄である」ことに注力すると選択されるべきものは自然とわかってくる。これが本質なのだろうと思う。

美しいものを美しくあるためにありがたくおしいただく。
身につけるもの、体内に入れるものすべてがそうであってほしいと思う。

エキセントリックにではなく、自らの心身をアンテナとして「欲するもの」「ありうべきもの」を「ありがたく」といういき方こそが本質なのではないかという気付き。

そこには主義主張も肩肘張った何かも、陰謀論も社会批判もない。ただ連綿と続く命のリレーの中で自らが美しくありうべき姿を追求し、するべきことをするということに尽きる。

これもひとつの対の法則なのだろうと思う。「今を生きる私」と「連綿と続いて来た命」という対。「生きながらえるということ」と「生きながらえることで次へ残す」という対。

この二つの本質的な対が絡まりあい、昇華されていくのを感じる。

対の法則

2014-10-09 09.33.48

正負の法則というのは神田さんの「非常識な成功法則」をはじめ、美輪明宏さんだってスピリチュアルな視点から正負の法則の話をされていると聞き及ぶ。

どこの国だったか失念してしまったが、正負の法則を日常的な意識レベルにまでもってきているので、いいことがあるとわざと悪いことを起こすのだという話を聞いたこともある。

端的に言うと、陰陽だろうけれど。

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黒と白で描かれているから、どうも善悪と理解してしまいがちだけれど、陰陽とは善悪ではない。この一対を持ってひとつの構成要素として「完全」さを示すものがこの図なのだと私は理解している。

私の好きな仏教用語で「相即不離」という言葉がある。以前も書いたことがあるかもしれないけれど、その二つがぴったりと引っ付いてはなれない状態を示す。属性は違っていても自らが持たないパーツをしっかりと補いあうものがそのもう一方に存在している。そのことによって自分がより伸びやかに活き、相手も自分の存在によってさらに輝く。それこそが「相即不離」な状態であり、私がつねに想い目指す「完全な一対」なのかもしれないと最近強く思う。

正負の法則は陰陽と同じ対なのかと言うと、どうなんだろうなぁというのが今まで人生を生きて来た中での実感である。高みを望む者、望まない者、前世の縁。人生といういつ終わるかしれない成長(とあえて言いたい)を続けている中で短いスパンでの正負は見分けられたとしても長いスパンでのそれをどうやって理解するべきなのか。正負どちらかが起こる前に人生が終わってしまったら?死が法則の正か負いずれかを担うのはわからなくもないけれど、納得するには根拠が弱い。

だけれど対という法則に鑑みてみればどうだろう、と最近思っていろいろと考えを深めている。もちろん正負の法則も何らかの事象なり人なりすべてが対であるという考えの中に包括されると言ってもいいがこれがすべてではない。

大事なことは「いいこと」が起こったからその反対の「悪いこと」が起こるのでバランスをとるという考え方よりむしろ、その「いいこと」と正しく対になる出来事なり存在なりを見つけてセットで考えることができるかどうか、これから起こるであろうを価値づけていけるのかどうかなのだろうと思う。

そうでないと「幸せ」「満足」を得ることでどこかでいつも「不幸せ」や「不満」を感じさせることが出てくるということになってしまいかねない。

望ましい状態が連続して続くことを「幸せの連鎖」と言うけれど、それは上手く「不幸せ」と感じないものやことでバランスをとるからこそ、「連鎖」というサイクルが回転していくパワーを起こすのではないかと思う。

そうでないと、苦労してやっと手に入れた大きな幸せなり存在を失う不安にいつでも苛まれていけないことになる。そういうの、私は耐えられないし、それがイヤだからずっと一人でぎゅっと縮こまっていたのだろうとも思う。

今はその「対」の法則を持って多くの関係性や出来事を分析していくことで、正しい「対」の相手をとらえて出来事に対処することに注意を払うようにしている。

そこには次元上昇といった概念にもきちんと連動されて、自らの今生での役割やなすべきこと、共になす相手も理解できる鍵があるように感じている。

「屁理屈」なのかもしれないし、ただただ、今起こり続ける様々な出来事に対して自分なりの「意味付け」をしていきたいだけなのかもしれない。だけれど、今わかっているのはその陰陽や対の概念での対象物を間違えると、いつまで経っても状況はよくならないし、連鎖を引き起こすことにはなり得ないということだ。

それはそうだろうと思う。磁石でいうところのプラス同士、マイナス同士ではぴたりと引っ付かないのだから。
これを「まぁ引っ付いてるよね」ぐらいでいくと、それは相即不離による一体化のパワーを生み出さないので連鎖にはなり得ない。

だから「これかな」と思っても安心せずにチェックをして「これだね、間違いない」というところまでいかないといけないし「まあいいか」で終わらせないことが連鎖を生み出す原動力となる。

対の法則はまだ自分の中で考え始めたばかりなので、思索と自分の人生を使った体当たり実験でまた何か気付きがあれば、そのときまた。