ゆく年来る年 〜収束から快へ〜

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2014年もいよいよ残すところあと数日となりました。

今年一年をいろいろ振り返るこの季節、終わらなかったこと、変化するべくしてはじまったこと、すべてが自然に穏やかに流れつつあるように思います。

この一年は去年にはじまった変化を自分の中に馴染ませて落ち着かせていく、そんなような時間を過ごしたような気がします。「ありうべき」にとらわれず、自分が自分であることや目を瞑っていたことに目を開いてもかわらず穏やかに、自分の求める物や美しいと思う価値観を求めて深め続けられたとも思います。

本当に大切なものはそうたくさんなくて、私はそれを手に入れているのだというところにいつも最後は落ち着ける様になった、とも表現してよいのかもしれません。

もう、不必要に苦しむことも、悲しむことも、辛くなることもなく、あるがまま受け入れて自分は自分の菩薩道を一歩一歩歩み続けること。

愛を示す、褒める、感謝を伝えるという私の大切にしていること、カミサマノイウトオリ、カミサマノナサルヨウニと思いながら生きることがよりしやすい環境を目の前にした年末に、来年の抱負として「快」という字をあげました。

「快」という漢字には
しこりがとれて気持ちよい。さっぱりする。また、その感じ。病気のもとがとれてさっぱりする。病気がよくなって気持ちがよい。 心につかえるものがなくなり、これでさっぱりしたと思う。 もたもたしない。速度がはやい。刃がよくきれるさま。
というのがあるそうです。リンク

どの意味をとっても、今からの私にぴったり添っている感じがして。

自分の心の奥底が継続して感じ続けてられるのは「心地よい」という感覚だという一節からインスピレーションを受けてこの漢字を選びました。

この一年、読者の皆様にはたくさんの気付きやサポートをいろいろな形で頂戴できたこと、改めてこの場で感謝申し上げます。

来年一年が皆様とご家族、大切な愛する方一人一人にとっても健やかで愛に満ちたものであります様にと心よりお祈り申し上げて今年最後のブログ更新とさせていただきます。

来年も日々の気付きを大事にしつつ、思考を昇華させる場としてこのブログを通した対話を続けていこうと思います。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

考えるな、感じろ、身体が教えてくれるから。

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この国の朝日。
夕日も好きだけれど、今から1日がはじまる清々しさは何物にも代え難いなと思います。

私は研究者のなりそこないなので、あれやこれやといろいろな流れを見て事象を分析して考察するのが好きです。そこからひとつの自分にとっての「法則」みたいなものを見つけるのが楽しいのだろうと思います。

残念なことに、この国の分析は正しいのだけれど自分のポジションとこの国の行く末の関係については大はずれでした。「この国のために何か」という思いが客観性を失わせていたのだろうと今ならわかります。そして「この国にとって、私の思うあるべき姿」がこれまた全く違っていた。私がこの国で聞き、思っていたほど、高潔ではなかったということになります。笑

何十年もかけていた分析はそう間違っていないのに、自分にまつわる部分だけがドラスティックに違うというこの客観性の欠如はよく注意しなくてはならないポイントだろうと思います。

「恩返ししなくては」というのは「この国が好きでたまらない」という溢れる何かとは違うものです。もっと脳みそよりです。心からの叫びではないのです。

私は大学で教えていたりしている頃から、「この国が好き」とおっしゃる人たちとの距離感を感じていました。「仕事できている人、その家族」な人とも相通じるものが多かったとは言えません。

好きで好きで、楽しくてたまらない、と言えることがあったろうか、と思います。
正直、なかった様に思います。はじめてバンコクの郊外にあるお家にお世話になったときから、「好きにならなくては」と思っていたと思います。

この国に来たということが、自分の定めの様に思い込んでいたところもなくはなかった気もします。
だからいつだって、この国を見るときには冷静だったのがよいのだろうと思います。仕事柄いろいろなものが見れたことも。この国の工芸品に力を入れたのも、これなら世界に出せるかもしれないと思ったことがきっかけでした。それから気に入る作品を見つけるまでにまた数年の時間を要しましたが。

こういう風に描写していると、自分がいかに自分の「クライテリア」を無視して、無理を押し通していたのだろうと今では滑稽にすら感じます。

とにかく、私はずっと取り付かれる様に「アタマ」で決めてかかって執着していたのだろうなというのが今だとよくわかります。この国から戻ってから、日本に上手く馴染めずにいた私にとって「手持ちの札」を増やすということをせずに、その札に固執していたことも。

あともうひとつ、「仲間」のところに帰りたかったのかもしれません。そんな仲間なんて幻想だと知ったときにはもう後戻りなんて出来なくて、新しい仲間がここなら出来るかも。そういう気持ちであれこれとやっていた気がします。

「それだ」とか「違う」ということを判断するとき、いつもアタマでばかり答えを見つけていました。その答えはいつも正誤に関わらず、答え合わせをするまで「確信」よりも「不安」を引き起こすことが多いのです。だから無理をしたり、極度に引いてしまったりします。そういうことをいつもやってきました。

最近、子供の頃のある思い出を幾度となく思い出します。
小学生にあがるときにランドセルをかいますね。女の子は赤いランドセル。でも私はピンクでした。両親や祖父母が「これがいいならこれにしなさい」と迫る訳です。私は赤いのが欲しくて仕方なかったのに、ピンクを買わないとがっかりさせるのではないかと思ってピンクにしたのを覚えています。みんなと同じではない、ピンクのランドセルが本当に大嫌いでした。笑

小学生のときに、急に中学受験をするという話が持ち上がって塾にも行かせてもらいました。願書を出す直前に、成績がおそらく足りなかったからだと思いますが、「本当に受けるのか」ということを言われて、両親は受けてほしくないのではないかと思って、結局受験をしませんでした。このときは何を選択したら両親に迷惑がかからないだろうとおもいました。結局受けないことも、試験に受からないことも、どちらもあまり褒められたことでないならば、と受験をやめてしまいました。

幼い頃から、不安を感じない日々などなかったのは、そうやって来たからなのだろうとも今ならわかります。普通は両親の言う通りにして安心するのでしょうが、それでも安心できないどころかむしろ不安だったなんて。一筋縄ではいかないものです。

最近、何かを決定するときに腰の後ろあたり、おそらく丹田の裏あたりなのでしょうか「そうだ」とか「違う」というメッセージがはいってきます。「有無を言わせない」という表現がぴったりな強さで、お腹の底に響いてくるのです。大切な人になるであろう方と初めてあったときには、肩甲骨の真ん中あたり(ハートのチャクラ)が痛いほどバタバタとはためきます。

そのメッセージに抗わないことが不安を感じないでいいこと。幼い頃の私はもしかすると、それを知っていたのかもしれない。でも無視し続けていたから、ずっと不安だったのかもしれません。

先日、私は宇宙であるという気付きについての考察をしましたが、まさに自分の身体が宇宙のアンテナとなってあらゆることを知らせてくれる様になるとその正誤、真偽を迷うことがなくなっていきます。
自分の身体に正直に生きる、というのはすなわち宇宙の摂理に正しく生きるということなのだろうと改めて得心するのです。そういう気付きを経て、毎日を過ごすと私を40年以上縛り付けていた不安や恐れが日々少しずつであってもさらさらとほどけて風に舞っていくのを感じます。私の心身が少しずつ自由になっている証の様に。

自分を殻の中に押し込め、さらにぐるぐると縛っていきていた人生から、どんどんと解放されていく、それは決して一朝一夕の短い月日で完成するものではありませんが、次への準備が確実に整いつつあるのを感じます。

身体と焦り

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いかにエレガントでいるかということをよく考えます。

立ち振る舞い、行動、人に対する接し方。

いかに自分のあるべき物に近いのかということであるし、似た存在とであうために必要なことでもあります。

行動のすべての発露は魂と意識(無意識の領域も含めて)身体と思うので、結局いつも考えているテーマに戻ってくるのかもしれません。

このごろ考えているテーマがすべてリンクしていることもあって、何かしらの結論になかなか達することがありません。勉強不足と時間がまだまだ足りないのだろうとおもいます。そういう時間も楽しみつつ。

先週はひどい膀胱炎に悩まされて、深夜は眠れないでトイレを往復していました。お薬を飲まないで治そうと思っていたのが結果的に症状を悪化させたようで、完治を長引かせているようです。アーユルヴェーダによると、膀胱炎というのは孤独や焦燥感の発露として出るのだといいます。

私はどうも自分に疎いので、身体が悲鳴を上げないと気がつかないことがあります。今回もそうだったようです。

出ないものを出したいという気持ちは焦り、そのものです。その時期に到っていないものを早く来てほしいと思うこともまた同じです。私が夜中にずっとトイレに駆け込んでいたのも、毎日の中で自分が知らず知らずに自分の心身に課していたことが心のレベルを超えて身体に現れたのだろうと改めて認識することになりました。

今も書いて残したいことがいくつもありますが、まだその時期ではありません。これもまた思考が「膀胱炎」と同じ症状を訴えているのだろうと思います。

正直、何もない状態のものを出したいと思い、出そうとすることは血がにじむほど苦しいし、余計な力がかかって熱を出します。それが焦り、そのものの正体なのだろうと思います。

でもその苦しさは結果何も出すことが出来ない、純然たる「内的な痛み」以上の何ものでもないのです。
たとえ無理に出せたとしても、それは全くいつもの状態とはかけ離れたものでしかなく、そうなると内だけでなく、外にまでその痛みがおよびます。

正直、この病気がこんなに苦しいものだと知らなかったのですが、おかげでいい内省を得られたなと思います。
薬を飲むべきときには飲まないとということも改めて。苦笑
これもまた、心身のエレガントさを追求するための糧としようと思います。

カミサマノイウトオリ、バージョン2.0

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カミサマノイウトオリ(カミサマノナサルヨウニ)、というのは私の行動指針のひとつ。

カミサマノイウトオリ

カミサマノイウトオリにズルはなし

昨日夜、久しぶりにゆっくりパートナーとはなしをしてリラックスしたところで、その日に読んでいたいくつかの記事に同じセンテンスがあることにはたと気がついた。

「私とは「私」=「我、エゴ」意味するのではなく、その後ろにある宇宙そのもの。」

同日に日本語だけではない、4つの媒体から同じ意味の文章を受け取ったのは「このことを考えて受け止めなさい」ということに違いない。

滅私で生きる、すなわち「菩薩行」という人間的な感覚にとらわれずに生きることを思ってから、ずいぶんと思考も削ぎ落とされ、心が穏やかになっているのを感じた。自分が「菩薩行」を実践して生きているということすら、失念するほど身に馴染んで、それが当たり前になっていった。

当然ながら、私が宇宙そのもの、というのは別に自分が神や宇宙、菩薩の存在であるということを意味しているのではない。

では何なのか。
その答えの糸口が私の好きな「六根清浄大祓」の中にある。
六根とは自分の身、体を指し、それを清浄にするための祝詞である。

何を見聞きし、触れようとも心がそれによって穢れることがないという内容に続き、六根清浄だということは、五臓がやすらかであり、それであるが故に天地の神と同根であり、万物の霊と同根であるという箇所がある。

滅私でとらわれることなく、心身清浄に、世の中の愛と平和に生きるということはすなわち、結果それこそが「私」であるという大乗的な世界観でもあるのかもしれない。

私が目にしたそれぞれの文献の文脈ともそれほど大きく外れていないとも感じられる。

私は20年以上この国で小乗、自分が修行して自らを高めることにより、そのたどり着いた領域から世の中を変えられるのであれば、それが最善だと信じて学んで来た。自らがまだ修行の途中で人をすくうことは不遜だという思いがいつも心を占めていた。だから自分を高めなくては。自分をそんな風に追いつめていた。大乗のイメージは簡単に言うと、「南無妙法蓮華経」といえば、みんな天国に行ける、都合がいいものとしか長くとらえられていなかった。

「カミサマノイウトオリ」に生きる、「カミサマノナサルヨウニ」想い、行動するという自己規範はそこから生まれる深い愛と感謝で私の心を穏やかにしなやかに強いものにしてくれた。それこそが「私」なのだという帰結を今教えられることの有り難さとタイミングにいろいろな感情が去来する。

それこそが「大乗」的な観点での「私」でもあるとも併せて気付けたことはまさに、宇宙とのつながり、大いなる存在達が私の後ろにいて、それこそが「私」への福音である。

感謝にも愛にも必要なことは「受け入れる」と「与えること」だと思っている。

「カミサマノイウトオリ」に「カミサマノナサルヨウニ」と思い始めてから今日まで、間違っていなかった、血となり肉となったからこその、2.0へのバージョンアップ。これからも気負いなく、この道を歩んでいく。